『一章:対立種族(1)』

 近くの村から大人の足で一時間近くかかる、薄暗い崖の上――。そこに何故か城が建っていた。いつの時代に誰が作ったのかは誰も知らない。目的も歴史の中に置き去られた。
 あまりにも豪華な創りは、貴族……いや、王族の城の様な印象も受けるが、周りの雰囲気がそんな印象を壊してしまう。
 あたりは、妙な静けさが漂い、城の上では蝙蝠が忙しなく翼を動かし城の周りを旋回している。遥か上空では分厚い黒みがかった雲が太陽の光を完全に遮っている。
 なにもこの日に限ったことではない。この辺り一体は晴れた試しがない。例に、近くの村で一番長く生きている百歳近くの老人ですら、晴れたのを見たことが無いらしい。もちろん近くの村はちゃんと晴れている。だが、いつの時代からかここは、太陽の光を失ったようだった。
 その上、城の周りには茨が生い茂っていて、城壁には纏わりついている。人々は、魔女の呪いを受けた城だと言ってほとんど近づかなかった。数年前にここに住み着いた者が、ここに来ようと思う者を更に少なくした。
 だがそんな辺境にわざわざ足を運ぶ変わり者も居た。
 城の近くの道から一人の男が城に近づいてきた。レーザーアーマーを着用し、腰に長剣を差している。この国では珍しい漆黒に染まった髪と瞳を持つその彼――リーも変わり者の一人だった。
 城を捕らえている瞳には、怒り、憎しみが、にじみ出ていた。
 彼は、城に住む者を殺そうとしているのだ。
 リーが城門を開く。錆びた城門は金切り声のような音を立て、動いた。
 城門から城の扉までを歩く間、リーに緊張が走る。それでも足を休めることなく、扉の前まで向かう。
 リーは目を閉じ、一度だけ深く呼吸をした。それを終えると目を開き、腰の長剣を握る。腰の長剣を掴んだまま、扉を蹴り開き中に入った。
 大量の羽音がリーの耳に入ってくるが、とまっていた蝙蝠が一斉に飛び立った音と分かっているリーは全く気にかけなかった。
 左右そして前に廊下が広がっている。リーは迷わず前の廊下を進んだ。幾つか扉が在ったがリーは見向きもせず一番奥の扉を目指した。
 一番奥の扉を再び蹴り開く。物の無い殺風景な広い空間が広がる。あるものといえば、広い部屋の一番奥に、女性の肖像画が飾ってあるくらいだ。その真下には、リーの探していた、城の唯一の住人が祈るように膝をついていた。リーが入ってきたことを知るとランファーラは振り向いた。
 彼は珍しい蒼穹に染まったの髪、青紫の瞳を持っている。だが、その髪と瞳を持っているが故に、到底人には見えなかった。
 そして、ランファーラは人では無かった――
「吸血鬼! 今日こそ貴様の命を絶つ!」
 腰にあった長剣をランファーラに向け、リーは高らかに宣言する。宣言を聞いたランファーラはうんざりし立ち上がった。
「いい加減諦め」
「否!」
 ランファーラの言葉を遮り、リーは駆け出した。ある程度距離を詰め跳ぶ。ランファーラが長剣の間合いに入った瞬間振り下ろす。
 長剣がランファーラの体に減り込む。が、血が出てこない。リーの手には、肉を断った感触が無かった。ランファーラの体が霞み出し、ついには蒸発したかの如く消えた。リーはランファーラの残像を切っていたのだった。
 かわされたか。と思っただけでリーは焦らなかった。
 長剣が地面に当たり、跳ね返る。反動を利用し、振り返りざまに後ろに横薙ぎを決める。だが、そこにあると予想していた、ランファーラの体は無く、空を切っただけだった。
 一瞬驚く。だが、次の瞬間、驚きなど消し飛んでいた。背中に打撃を受け、痛みが感情を支配した。リーの体は中に浮き、吹き飛ぶ。壁に当たり、痛みに顔をしかめる。そして、ゆっくり床に落ちていく。
 リーは動かなくなった。

 

「呆気ない」
 床に倒れているリーを見て、ランファーラは半ば呆れていた。
 リーはこの二ヶ月間やられに来ていると言っても過言では無かった。毎日、城に足を運び、ランファーラと戦おうとする。だが、戦いは数秒で終了する。リーの敗北という形で……。敗北したリーを村に運ぶことが、ランファーラの日課となっていた。
 村に運ぶため、リーに歩み寄る。
 突然、前から何かが飛んで来た。リーの長剣だと確認すると、咄嗟に横にかわした。後コンマ一秒でも反応が遅れていたら、刺さっていた。それ程ギリギリまで、ランファーラは反応できなかった。
 その向こうで、リーの舌打ちが聞こえた。
「気絶したフリか。なかなか考えるようになったな……。それとも俺が力を加減しすぎたのか……」
 ランファーラは握った拳を見つめた。
「お前は自分を過大評価しすぎだな。俺は伊達に毎日お前の打撃を受けてるわけじゃない」
「そうか……。なら次からは強くしないとな」
「お前に次は無い! 俺がお前を殺す」
 リーは立ち上がりランファーラを指差してきた。だが、その手には長剣は無かった。ランファーラはそこを突っ込んだ。
「武器も無しにどうやって殺すというのだ?」
「あ、忘れていた」
 間抜け目――
 ランファーラはリーを心で馬鹿にし、リーの視界から消えるように跳躍した。一瞬でリーの元まで行く。リーには見えなかったらしく、うろたえている。後ろに回りこみ打撃を加えようとしたが――突然、ランファーラの元に短剣が伸びてきた。とっさに後ろに下がり、リーの短剣が再び宙を切っただけですんだ。
「まだ武器を持っていたのか!」
「怪物相手には念をいれないとな」
 リーはさり気無く手の短剣を投げてきた。ランファーラはしっかりとかわした為、短剣は勢いを無くし地面を滑った。
「怪物ね……俺には人間のほうが余程怪物に思える!」
「え……」
 気が抜けた一瞬を狙いランファーラは一瞬でそばに寄り、リーに前方より蹴りを入れた。リーの体はくの字に折れ曲がり、壁に衝突した。その反動で前に倒れる。
 ランファーラは念のため暫く待っていた。リーはピクリとも動かなかった。どうやら次は本当に気を失っているようだったので、ランファラーはリーを担いだ。
 部屋から出て行こうとしたところで、長剣の存在を思い出し、長剣を取りに戻った。長剣は肖像画近くの壁に当たったようで、その部分が欠けていた。
 肖像画に当たらなくてホッとしたランファーラは拾った長剣をリーの腰の鞘に戻した。

 ランファーラが扉を開け外に出ると、蝙蝠の群れがが空に大きな黒い影を作り飛び立った。 蝙蝠たちを横目で眺めながら、ランファーラは大人三人分ほどある門を飛び越える。降り立つと一時間掛かる村への道を全速力で駆け抜けた。

 全速力で駆け抜けること十分――
 ランファーラは既に村の目前にいた。村が視界に入るとすぐに足を止めた。
 リーを村に返しに来たのだが、村の中に入ると村の住人から仕打ちを受ける。もちろんランファーラは村の住人全て相手したとしても、まだ余裕があるだろう。だが、村の住人――いや、人間に出来るだけ危害を加えたくないと思っているランファーラはそれを望まなかった。
 リーを村の前に置いて行くだけでも良いのだが、意識が無い中賊に襲われないように、近くの木陰に隠した。
 隠し終えると、村の者に見つかる前に、その場を立ち去った。

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