『一章:最悪の難問(2)』

 去年の今頃――桜の花が全て散ってしまい、若葉が生い茂ろうとしている五月初旬。光太郎はアメリカより日本に帰国した。
 なんとなく、それも気まぐれで、日本の学園ライフを送ってみようと思った光太郎は、今通っている高校を選んだ。学級での紹介された時、一番最初に目に入った人物が舞だった。
 長く伸びた黒髪をポニーテールとして束ねている。顔のパーツ一つ一つがしっかりと形つけられ、綺麗に並んでいる。整った顔立ちは、美しいことを意味する全ての言葉を並べても表現することは出来ないと思えた。
 一目見たその時、既に光太郎の心は舞に奪われていた。
 そして一ヶ月前、高校三年になったことで、離れてしまうと焦ったのだと思う。自分でも分からず、そして何も考えずに、桜の木の下で好きだと伝えてしまった。
 駄目だ。何をしてしまったんだろう――
 光太郎の中に後悔の重いが膨らみ、爆発した。訳が分からず体温が上昇する。顔が真っ赤に染まっている気がする。倉皇として苦笑してみた。が、返事は意外なものだった。
「私も」
 三言の本当に短い返事で、光太郎の幸せは最高潮まで達した。突風が吹き抜け桜の花びらを大量に散らしていく。それを地球が祝福してくれているように感じれた。
 光太郎が回想から現実に戻ると、いつの間にか国道を抜けていた。騒音が絶えなかった国道とは違い、薄暗い路地が広がり、不気味な程静かだった。人通りが少なく、近くのマンション群により昼間でも陰っている。悪い印象ばかり目立っていた。
 暫くすると彰浩が一人で暮らしているぼろいアパートが見えてきた。彰浩が一人で暮らせる程のアパートなので勿論安いのだが、訳ありで極端に安いわけではない。いたって値段どおりのぼろさだった。
 今では高校生なのだが、中学生の時から一人暮らしさせる親の気持ちは分からない。
 光太郎はつくづくそう思う。と言うより、彰浩の事情を知ったとき、自分が親から愛されていることを初めて実感した。
 なぜそんなことになったのか知りたいと思ったことがあったが、複雑な事情があるのだろうと考え、彰浩に直接訊くことは無かった。
 裏でこっそりと一輝に訊いたが、詳しい事情は知らないようで、彰浩の前では家族のことはタブーだということだけを教えてもらった。

 彰浩が鍵を開けるのを待って、五人は中に入って行く。玄関で彰浩と一輝が靴を揃えることなく中に入っていった。
 彰浩の家は二つの部屋があった。リビングらしき部屋の中に入ると、ひどく散らかっていた。一人暮らしの男の部屋だ。それは仕方が無いと思う。
 そこらに、ペットボトルが転がっている。服は、収納するタンスには全く入っておらず、積み重ねてある。ゴミの入っている買い物袋も散乱していた。
 よく、テレビで目にする光景だった。
「汚ねえな。良くこんな所に住めるな」
「まあな。でも、ごみ屋敷よりかはましだろ」
 先の仕返しをしようと思い、嫌味を言ってやったのだが、彰浩はことごとくねじ伏せた。光太郎は、「そうだけどな……」としか言いようがなかった。
 光太郎は言葉を失ったが、次に言う言葉を考えていた。数秒で次の言葉を思いついた。
 そうだけど、こんな所によく女子を入れられるな……。
「別に友達なんだからいいんじゃない?」
 彰浩は光太郎が言う前に、嫌味を遮った。いつもは嫌味を言っている光太郎なのだが、何故か今日は調子が悪い。
 隣で一輝はなぜそんなことを彰浩が呟いたのか分かっていないようで、首を傾げて戸惑っていた。
「ちょっと待ってろ」
 彰浩は散らかった部屋の衣類を端に放り、座れるスペースを作った。
 四人に座るよう促し、彰浩はキッチンに向かい飲み物を出してきた。円を作り座った四人に彰浩が入ってき、円の中心にはリンゴジュースらしきものを置いた。
 彰浩はリンゴジュースを一口含み、真剣な顔をし目を閉じて大きく息を吸った。パッと目を開くと光太郎を見つめてきた。
「ゴーストタウンのことは本当に知らないんだな?」
「ああ。さっき言った辞書の言葉以外は何も」
 光太郎は再び笑われる事を覚悟していたのだが、意外にも彰浩は表情を崩さなかった。
 なら話すかと言うと、低い声のトーンで話し始めた。
「仕方ないから教える。ゴーストタウンとは、最近ネット上で噂になっている、死後の世界の事だ」
「死後……」
「そう死後の世界。別の名は天国。でもなぜかは知らないが、ゴーストタウンには死なずに行けて戻ってこれる……らしい。しかも、そこは天国だからとても楽しいらしい……」
「で、それがどうした?」
 ゴーストタウンが何なのかは理解した。いわゆる都市伝説というものなのだろう。それでも彰浩が何を言いたいのかの根本は一ミリも理解出来な無かった。
「行ってみたいと思わないか?」
「行けるの?」
 光太郎の向かいに一輝と並んで座っている理恵が食いつく。目は大きく見開かれキラキラと輝いているようだった。
 彰浩は、口元に笑みを浮かべた。
「行けるかもしれない」
「かもってどういうことだよ? 彰浩が入り口見つけたのか?」
 一輝も理恵と同様に食いつく。その目もまた輝いていた。
 彰浩は笑みを崩さない。一輝と理恵の方を見ていたのだが、突然真横の光太郎を上目遣いで見てきた。
 気持ち悪っ。光太郎は顔をしかめてみせた。
「正確には入り口の入り口な。行けるかも知れないが、行くためにはとりあえず試験がある。その試験をクリアしないことには行くことは夢のまた夢だ。そこで、光太郎君、君の出番なのだよ」
 彰浩は無駄に丁寧な(感じのする)言葉を使い、光太郎の背中を叩いてきた。
「それが人に物を頼む態度か?」
「やって下さい。お願いしますよ」
 光太郎が眉を顰めると彰浩は急に態度を変え手もみを始めた。光太郎は呆れて彰浩の反対を向く。隣では舞が笑っていた。光太郎は舞いに向け、最高の笑顔を作って返した。
 舞も行きたいのならやってもいいかな……
「よし」と隣で呟き声が聞こえたと思うと、彰浩は立ち上がった。
「なら、多数決を取る。ゴーストタウン行きたいと思う人は挙手」
 彰浩の出した多数決に、光太郎以外の四人は挙手していた。どうやら皆――そして舞はゴーストタウンに行きたいようだ。
 ふと光太郎が思うと、再び彰浩に心を読めれたような感じがした。
「お前の愛しのま――」
「分かったよ。やりゃいいんだろ?」
 人に何かを頼む彰浩は、半ば強引に頼んでくる。やると言うまで、色々卑怯な手を使ってくる。最終的には人の弱みを突いてくる。それを理解しているから、仕方無いと思って光太郎はやると言った。舞の為ならやるつもりだったが……
「で、どんな試験なんだ?」
「ああ、ちょっと待って」
 四人を残して彰浩は隣の部屋に立ち去った。部屋の中をあさっている音が耳に入ってくる。前においてあるコップを一つとり半分ほど飲む。予想通りリンゴジュースだった。
 俺以外のメンバーがここに来た意味あるのか? まぁ、しいて言えば多数決の為か……。
 そんなことを思いながら光太郎は舞に囁いた。


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