『一章:最悪の難問(1)』

 某有名進学高校の校門を抜け少し進んだところにある、国道沿いの歩道を、男子三人女子二人の五人組が、横一列に並び下校していた。車の走行音と蝉の鳴き声という二つの騒音に阻まれながら、五人の中の一人の石戸光太郎が声を張り上げ、一野彰浩に声を掛けた。
「なぁ彰浩、お前学校終わったら何か話すことがあるって言ってただろ?」
 彰浩はすぐには返事をせずに、目を閉じ思い出しているようだった。
「……ああ、確かに言ったな」
 普段声が高い彰浩が深刻な話でもするように声のトーンを下げて言う。二、三度左右を見る。大方、誰も居ないことを確かめたのだろう。
 よし、と頷くと謎の言葉を囁いた。
「ゴーストタウンって知ってるか?」
 彰浩は大真面目で言っているはずなのだが、光太郎には何を言っているのか全く理解出来なかった。深く考えるにつれ、光太郎の手は、考えるときの癖により顎を押さえていた。
「俺は知ってるぜ!」
 戸惑っている光太郎の横から、普段から高いはずのテンションがいつもにまして高い一輝が入って来た。光太郎にはその理由はおおよその予想出来る。
 安部との進展があったのか……?
 と、一人で納得をしたのだが、彰浩のゴーストタウンの発言については理解が出来なかった。
「光太郎知らないの? 安部と鈴木も知っているよなっ?」
 一輝が五人組の中の女子二人に話を振る。同時に光太郎は横に目をやる。
「そりゃ、もちろん知ってるわよ。有名だもん。ねぇ、舞も知ってるでしょ?」
「うん」
 少々うるさい安部理恵の質問を鈴木舞は静かに返答した。
 どうやらこの五人の中で、ゴーストタウンのことを知らないのは、光太郎だけだったようだ。
 光太郎にはそのうち、思い当たる節……というよりは一文が浮かんできた。
「ゴーストタウンって、疫病、自然災害など何らかの理由で住民が離散し、無人化して荒れ果てた町。『幽霊都市』とも、古くは『亡所』とも呼ぶ。廃鉱になった鉱山町など、町を支える産業がなくなって無人化した町。アメリカ西部のゴールドラッシュで栄えた鉱山町などか?」
 光太郎は記憶していた辞書の一文をスラスラと読んだ。

 静寂――

 光太郎を除く残りの四人の誰も答えようとはしない。さらに誰も表情も崩さないまま足を止め、五人はその場に立ち尽くしていた。
 間違いだった場合は違うと言い、合っている場合は正解とでも言って欲しい。光太郎はそう思っていたが、誰も口を開こうとはしない。
 合っているのか間違っているのか、真相が気になった光太郎は、「何か間違ってたか?」と四人を見つめる。

 誰が最初か分からない。もしかしたら全員同時だったのかも知れない。なにはともあれ五人の集団を爆笑が包み込んだ。

「どうかしたのか?」
 光太郎には自覚が無かったが、苛立ちが口調に混じっていようで彰浩に指摘された。
「まぁ、そう怒るなって。お前、実際は知っているだろ? 知っていたワザとボケたんだろ? ナイスボケ!」
 一番に笑いが収まった彰浩が親指を立ててきた。『実際』ということは光太郎が答えたことは間違えだったようだ。それでも、ボケたと言われたところで、他には何も思い浮かぶことは無かった。
 一体何を言っているんだ……。
 光太郎は骨董品を鑑定するかのように顔をしかめた。
「なんのことか全然分からない。それに何で笑っているんだ?」
 すでに笑い終えていた四人だったが、光太郎の第二声で再び笑い出した。その笑いの輪の中に舞が居ることが分かると、光太郎の羞恥心は増す一方だった。
「ウケ狙いじゃないのか?」
「違う」
 わけが分からない。
 光太郎の心がそのまま表情に出ていたようだ。
「その顔は大真面目だな」
「ああ、辞書に書いてある事がふざけている訳は無いだろう」
「辞書?」
「あ、ああ」
 彰浩の笑いの声量は上がっていく。終いには、辺りの騒音などを超越し、四車線ある道路の国道の反対の歩道まで響いたのではないだろうか? そう思えるほど、彰浩の笑い声はうるさかった。
「辞書の言葉を暗記しているのか? それは凄いと思うよ。でもな、いくら頭が良くても、ニュース知らないんじゃ変わり者の東大生と同じだよ」
 彰浩の口調のアクセントはどこかおかしかった。言い終えた後の彰浩は満面の笑みを浮かべ光太郎を見ている。光太郎は一瞬で理解した。彰浩が自分の事を完全に馬鹿にしている事を……。普段、彰浩に対し「馬鹿、馬鹿」と連呼している光太郎への仕返しのつもりなのだろう。
 彰浩の仕返しは、それだけでは終わらなかった。止めの一発が残っていた。
「恋人の舞ちゃんの前で恥じかいたな」
 真面目な顔をして彰浩は光太郎に顔を寄せ、耳打ちして来た。
 そうだ、舞も笑っていた。本当に恥ずい。
 光太郎が思い出した時には、すでに彰浩は顔を離し再び笑い出した。
 口論をしていた(と言うより光太郎が一方的に馬鹿にされていた)で忘れていたが、ここには舞も居た事を光太郎はじわじわと思い出す。自分の体温がより沸点へ近づいていくのを感じた。
「うるさい! 笑わないでいいからさっさと教えろよ」
 心の中にある怒りを交えて声を張り上げ、光太郎は恥を忘れようとした。
「怒るなって言ってるだろ」
 彰浩がからかいの言葉を言ってるはずなのだが、まるで光太郎が悪いような口ぶりだった。光太郎は冷眼で見つめた。
「とりあえず俺ん家まで来てくれ。着いたら話すから」
 信号の前で立ち止まったところで彰浩が謝ってきた。
 信号は赤で点灯している。目の前を音を立て風を切り、それなりの速さで何台もの車が通り抜けて行く。数秒すると、信号は青の点灯へと移り変わった。同時に光太郎は彰浩を冷眼で見つめるのを止めた。信号が一瞬で切り替わるように、心も変わったのだった。

 今すぐにでもゴーストタウンのことを知りたい光太郎にとって、彰浩の家まで行く時間が無性にじれったく感じた。
「本当にゴーストタウン知らないの? 光太郎」
 横断歩道を渡っている間の静寂に耐え切れなくなったのか、あろう一輝がいつもの調子で騒いだ。彼は普通の声量だと思っているのだろうが、周りからするとうるさい他無かった。
「さっき言っただろう。疫病、自然災害など何らかの理由で――」
「はいはい。分かった分かった」
 再び彰浩が馬鹿にしてきた。光太郎は軽蔑した視線を送った。彰浩は、ばつの悪そうな顔をした。
 案外、彰浩は目で制す事が出来るみたいだ……。と新たな情報を手に入れた光太郎であった。
 横を見ると彰浩の意外な一面を見て舞もまた笑っていた。
 そういえばこの時期だったかな……。
 光太郎は一人思い出に浸っていた。


BACK

NEXT




inserted by FC2 system