『序章:存在』

  か細い電球が唯一の光源の為、辺りは何も確認できないほど暗い。微かな潮の匂いが鼻腔をくすぐる。港に止まった車の助手席のドアの前に、その男は立っていた。
 車の開錠する音と共にランプが点灯する。男は扉を開け助手席に腰を下ろした。車の独特な匂いが鼻を通り抜ける。男は隣を見てみるがそこには誰も座っていなかった。扉の窓ガラスの向こう。その暗闇で何かが動いた気がする。それは段々と近づいてきてその姿を現した。
 車の運転席のドアが開かれると、喪服を着た人物が立っていた。全身真っ黒で染まっていて、サングラスを掛けていた。男はなんかの映画で見たことあるなと、心の中で苦笑した。
 運転席に喪服を着た一人の男が乗り込むと、無言のまま車は発進した。
 暗闇が支配していた港を抜けると、繁華街に出た。真夜中だと言うのに派手なネオンが点灯し、人々で賑わっていた。
 派手なネオンと街灯で昼間には及ばないがそれに近い明るさが車の中を照らす。助手席に座っている男の着ている白地に髑髏が描いてある洋服は、ところどころが深紅に染まっていた――。

 

 車は近くの一つ星ホテルで停車すると、ホテルの中からホテルのウェイターの男が出てきた。ホテルの外、赤い車の前で喪服を着ている男は立ち止まり、髑髏の服を着た男だけが、ウェイターに連れられてホテルの中に入っていった。
 喪服の男は、髑髏の服の男がホテルの中へ完全に消えてしまうまで、その場に立ってホテルの入り口を見つめていたが、それに髑髏の服の男とホテルの従業員は気づくはずも無かった。
 髑髏の男はウェイターに案内され、言われるがままエレベーターの中へと入った。エレベーターはどんどん上がって行き、最上階で二人を吐き出した。エレベーターのすぐ近くの一室の前で二人は止まった。ウェイターに何かを伝えられた髑髏の服の男はそのまま室内に入っていった。
 扉から入って右はどうやらバスルームのようだった。部屋の中は一人部屋のようでベットは一つのみだったが広々としていて、テレビも結構な大きさだった。
 だが、部屋の広さや大きさなど男は興味が無かった。扉に鍵を掛けチェーンを閉める。点いていた明かりを消し、男はベットに無造作に座った。
 ジーンズのポケットの中から携帯電話を取り出し、インターネットへと繋いだ。大量のアクセスが殺到する巨大掲示板のページを開くと、新しいスレッドを立ち上げた。スレッド名――

『ゴーストタウンって知ってるか?』

 すぐに、『疫病、自然災害など何らかの理由で住民が離散し、無人化して荒れ果てた町。アメリカ西部のゴールドラッシュで栄えた鉱山町などのことか?』という書き込みがあった。
「暇人だな……」
 男は不敵に笑い、携帯電話のボタンを押していく。
 数秒後の画面には『違う違う。死後の世界の一つの町だが、ゴーストタウンには、死なずに行ける。幽霊はいるが、スリリングなイベントがある。お前ら、この世に飽きたんなら探してみろ。頑張れば入り口が分かるかもなw』と表示された。
 暫らく何も変わらなかったが、また、すぐに返事が返ってきた。
『頭おかしいんじゃないのwww?』
『病院行け』
『いい医者がいるぜ』
 などの馬鹿にした感じの返答。男の書いた馬鹿げたことを、誰も信じていないらしい。死後の世界。それすら、あるかどうか分からないのだから……。
 だが、男は呟いた。
「信じない奴は後悔するぜ」
 男は呟いた後に返ってきた『ゴーストタウンは最高だよね』という返事を見て「おっ!」と声を上げた。
 それ以降、何度も書き込まれた掲示板には、一人として信じるものは現れなかった。
『皆、馬鹿ばっかりだな……』
 男が百件目にそれを書き込むと、掲示板には罵声の嵐が巻き起こった。
『お前が馬鹿なんだろ』
『死んでしまえ』
 など、ずっと見ていると精神が痛むような内容だった。
 それでも男は、それ以降は何も書き込まず、最後の最後まで眺めていた。
 スレッドが全て埋まり、男は伸びをした。
 閉められたカーテンの隙間から微かな光が漏れる。それを見て男は既に日が昇っていることを知る。
 思ったより早く、それも半日でそのスレッドは埋まっていた。目的を忘れさられ、喧嘩のスレッドになってしまった『ゴーストタウンって知ってるか?』のスレッドの最後の千件目。
 そこでようやく男の手が動いた。
『俺はもう一度ゴーストタウンへ行く』
 スレッドに書き込まれた千件近くの長い罵声の嵐を終わりを刻み、男は立ち上がった。
 バスルームの広々とした風呂の蛇口を捻り、中にお湯を注いでいく。
 一度バスルームを抜け、冷蔵庫の中を見る。水のペットボトルがボーリングのピンのように並べられていた。一番前にあるペットボトルを掴み、冷蔵庫を勢いよく閉めた。
 男はペットボトルを一気に飲み干し、ベットの方に無造作に投げた。
 数十分後男がバスルームを見るとお湯があふれ出していた。
 男は満足そうに何度も頷いた。その後、ポケットの中にあるカッターナイフを取り出し、熱湯が入った風呂があるバスルームの中に服を脱がずに入っていった。

 

 それから数日して、ネット上で「ゴーストタウンが本当にあるのか?」と議論が交わされた。ゴーストタウンへ行くと言って、何人もの自殺者が出た。自殺した全員が、掲示板にゴーストタウンの事を書いていた。
 誰も、真偽を確認できないまま時は過ぎて行く。いつの間にかゴーストタウンは都市伝説と化していく。

 

 何人もの自殺者が出た後、二週間はゴーストタウンを語り自殺するものは出なかった。だが、二週間後――再びゴーストタウンを口走るものがいた。
 その者は、インターネット中のありとあらゆる所にこう書き込んだ。

『この世界に不満を持つ者、嫌気が差した者達よ見ろ! 俺も最初は信じなかった。ゴーストタウンは必ずある。そこへ行け! 行く方法は教えない。だが、このネットと呼ばれている第二の世界に、答えはある。見つけ出し、第三の世界へと行くのだ!』

 ゴーストタウンのことはインターネットの至る所に書いてあり、瞬く間に噂は広がった。こっくりさんや口裂け女のように、定番の都市伝説として定着していった。
 インターネットを使う者達は必ず知っていた。そして思った。ゴーストタウンに行ってみたいと――。


 集団自殺から始まり、インターネットの至る所に書き込まれ、最後に宗教団体の教祖が、それを口走ったことが追い討ちをかけ、ただの悪戯と思われていた『ゴーストタウン』の存在を、信じる者が増えていった。
 ゴーストタウンについての無駄な情報が、大量に流れ出したネットの海の中のほんの一部の正確な情報を掴み取った者だけが、行く事を許されるという。
 ゴーストタウン。日常で使う意味、いや辞書の意味は、人がいなくなってしまった町。
 ネット上で出てきたものも死の街。だが、行ったと口走る人々はそこはユートピアだと言う。そして、ゴーストタウンに行ったと口走る人々は、二言目にもう一度生きたいと言う。

 何度も何度も広がって行き、信憑性はどんどん高まっていった――。
 もの凄い期待を込めて、行きたいと思う者達は全身全霊を込めて探し始めた。
 その一方で――ゴーストタウンを呟いて死んでいく自殺者が増えていった。
 これでは駄目だ。国を崩壊しかねない。と、国は情報規制を始めたが、止まることを知らない滝のように情報は溢れていく。
 誰かが呟いた言葉で、人々はユートピアを求めた。
 そして、一握りの強運の持ち主と、才能の持ち主の人々だけが、ゴーストタウンに行くことを許された――。

       

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